2013年 02月 23日
建築の自律性は可能か
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先日、ギャラリー間で開催されている「ここに、建築は、可能か」を見てきました。
展覧会自体についてはさておき、最終的に出来上がった「みんなの家」を見て思った事に焦点をしぼって書こうと思います。

数人の建築家達と伊藤豊雄が集まって設計したということですが、よくも悪くも、伊藤豊雄が全てを持っていったような作品に見えました。というのは「みんなの家」が、「メゾン・ドミノ」から「せんだいメディアテーク」に引かれた線の延長上にあるように思えたからです。
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「メディアテーク」はコルビュジエの「メゾン・ドミノ」に対する批評的プロジェクトとして一般的に位置づけられていると思います。つまり、「ドミノ」で単なる構造として存在していた柱が、中空のチューブになり、その中に設備や動線などの機能を包含し、またチューブも径が一定の単純な円柱ではなく緩やかにサイズが変わる事で、「ドミノ」では柱は細く、どのフロアにおいても同じ位置を保ちフロアごとの差異を消去した均質な空間を指向しているのに対して、各フロアにおいてムラのある不均質な空間を生み出している訳です。

で、次に「メディアテーク」と「みんなの家」を見比べてみると、非常にその構成が似ている事に気づかされます。
「メディアテーク」の林立するチューブと、「みんなの家」での同様に林立する丸太。両者とも「柱」が主題になっている事が分かります。ただ、「メディアテーク」における「柱」、つまりチューブは具体的な機能を包含する存在として位置づけられていたのに対し、「みんなの家」でのそれにあたる丸太は、中になんの機能も包含していないのです。
「みんなの家」の丸太は津波による塩害を受けたものであるそうです。つまりチューブのような具体的機能のかわりに、丸太にはそういった象徴機能が包含されていると言えるでしょう。また、丸太自体は皮を剥いだだけで製材せず、実際に構造として機能している部分を非構造部分が包み隠す形になっている点で、チューブを構成していた丸鋼が、構造強度を純粋に表していたのと対照的です。

こうしてみていると、なんとなくポストモダニズムの再評価として「みんなの家」は位置づけられるのではないかと、個人的には思えてきました。そういった点で、この「みんなの家」は今後の建築の流れを読み取ってゆく上で非常に重要な作品であるような気がしました。
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ただここで引っかかったのは、最終案以外の初期スタディ模型を見ると多くの物が、リテラルな「原始性」を希求していた点です。参加建築家の一人である藤本壮介が多用する「〜のような建築」(〜には雲、森などの自然に関する単語が入る)からも同様な引っかかりをいつも覚えてしまうのですが、これは、ポストモダニズムでは「歴史」が参照、記号化されてゲーム化していったのと何も変わらず、その参照元が「歴史」から「自然」などの別のキーワードにすげ替わっているだけなのではないでしょうか?
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あと、これは展覧会全体についての話になってしまうのですが、展覧会の主旨文などを読んでも「建築そのもの」についての言及はなく、むしろ「建築と社会」といったなんというか、ぼんやりしたものでオブラートに包んだような印象を受けました。これは自分がネット上で読んだ幾つかのレビューでもそう、またさらに言えば日本の建築界における議論もで、なにか建築そのものについての議論を避けているような雰囲気があります。おそらく建築の自律性というものを信じなくなってきているという状況が背景にあるのだと思いますが、それを信じたいと常々考えている自分としては非常に歯がゆいところです。
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# by hirano-eureka | 2013-02-23 18:41 | 建築チクチク
2012年 12月 26日
Christmas
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Wishing you a merry Christmas...
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# by hirano-eureka | 2012-12-26 07:45 | 最近の行動
2012年 12月 23日
Japanese Junction 2012-2013
直前、いや開幕後の告知になってしまいましたが、海外で建築を学ぶ日本人留学生のプロジェクト展”Japanese Junction”が、今年は12月22日から東京は谷中のHAGISOで開催されています。今回も参加していまして、PrincetonでのThesisを展示しています。帰国できなかったので、搬入が困難な本模型は残念ながら展示できなかったのですが(かわりに模型写真を数枚貼っています泣)、小さめのアクリル模型と新しく描いたパース二枚を追加したパネル、ムービーを展示しています。
今年も世界各地からプロジェクトが集まっています。アメリカからはSCI-Arc一人と僕の二人で少し寂しい感じですが・・・

来週土曜日には講評会が開催されます。クリティックは以下の通り。

重松象平(OMA)
松岡 聡(Satoshi Matsuoka & Yuki Tamura)
高橋 堅(高橋堅建築設計事務所)
中田千彦(宮城大学)
松田 達(松田達建築設計事務所)
小室 舞(Herzog & de Meuron)

去年とほぼ同じ顔ぶれですが、京大で3つ上の先輩である小室さんや、松岡さん(これまた京大の先輩!)が加わり、前回とはまた違った視点からディスカッションが展開されることを期待しています。僕もスカイプ経由でニューヨークから参加します。
今年は予約制となっているらしいので、当日会場で講評会を聞きたいという方はwebsiteから予約が必要です。まだ空きがあるそうなので、是非。一人1000円と値が張りますが、この展覧会は資金サポートしてくれるスポンサーがつかず、基本的に各出展者持ち出しでやっているので、ご理解よろしくお願いします。僕も今月は出力費、郵送費でJJ貧乏です笑。

前回の会場だった吉岡ライブラリーは新建築社社屋の取り壊しで無くなってしまった事もあり(これについてはライブラリーに収蔵されていた貴重な書籍も全て処分されたという信じがたい噂も広まっていますが・・・)、今年はHAGISOという木造築50年のもともとは芸大生のための下宿だったのを、展示や各種イベントの会場として使える文化施設としてコンバージョンしたものが会場になっています。なので、古色を帯びた柱梁がむき出しになっていたりと、白で統一された吉岡ライブラリーのクリーンな空間でのオーソドックスな展示とはまた違った面白さが出ているのではないかな、と想像しています。

とまれ、今年は28日まで、来年は1月4日~20日(毎週火曜は休み)と前回よりも長い会期で開催されていますので、是非会場に足を運んで頂ければ。
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# by hirano-eureka | 2012-12-23 00:33 | 建築チクチク
2012年 12月 09日
Reflection, Refraction
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Glass House
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# by hirano-eureka | 2012-12-09 13:45 | その他
2012年 11月 19日
Website Launched
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卒業したらウェブサイトを立ち上げようと思い立ってから早数ヶ月、ようやく立ち上げました。
toshiki-hirano.comです。
htmlタグから、jqueryと、何がなんやらさっぱりの状態から始めたのですが、コツコツ勉強してなんとかここまで辿り着きました。ローディングが遅いのはたぶん安サーバーのせいです。トップページはムービーが流れる仕様なのですが、大抵の人が再生開始までに次のページに移ってしまうような気が・・・
コンテンツはさして目新しいものはありませんが、これから何ができるかもう少し考えてみようと思います。
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# by hirano-eureka | 2012-11-19 12:46 | 最近の行動
2012年 11月 11日
Reflection, Refraction
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# by hirano-eureka | 2012-11-11 12:55 | その他
2012年 08月 19日
Times Square Re-imagined
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さて、修士設計について。

不思議なもので、英語ではうまく繋がっているように感じられた論理展開が、いざ日本語にしてみると今ひとつだったりすること(逆の日本語から英語の場合も然り)が往々にしてあります。今回は特にそうで、手伝いに来てくれた後輩に日本語で初めてプロジェクトの説明を試みてからずっと、どうやって日本語でも説得力のある説明が出来るのだろうと苦悩してきました。何度か文章、レクチャと日本語で説明をしなければならない機会があって、その度に色々な順序、アプローチでの展開を試してみてようやく日本語でも考えが整理されてきた感があります。

最初には絶対に譲れないと思っていたような前提も、思考を進めてゆくうちに徐々に変質してゆくもので、以前に書いた途中経過とは結果的に色々と変わってしまったので、また最初から説明をしてゆきましょう。

(ちなみにそれぞれの画像は解像度が大きなものをFlickrにアップしました。こちらから見る事ができます)



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資本主義社会において通常建築の価値が主に延べ床面積で決定されるように、近代建築以降スラブは建築を構成する要素の中で最も基本的なものとされ、それを頂点としたヒエラルキーが固定化し、「錯乱のニューヨーク」の中でコールハースが「敷地の単純上方拡大」と述べたように、スラブを任意のn枚積層する操作が構造や外皮などの要素を最小限に抑えつつ延べ床面積を増大させる上で最も効率的であり資本主義原理にかなう”Smart”な建築原理とされてきた。

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しかしグローバル資本主義が最も極端な形で表れ経済原理が強く支配している場であるニューヨークのTimes Squareにおいては、平均的なマンハッタンにおけるオフィススペースの家賃が月あたりのスクエアフィート単価$54であるのに対して、タイムズスクエアにおける屋外広告のリース費用がそれの1.5~3倍の月あたりのスクエアフィート単価$70〜$130と、床と外皮(Envelope)の価値が反転しており、先述したような近代以降の建築原理は無効、”Dumb”であるような状況が生まれている。
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これの最も象徴的な存在として7th Ave.とBroadwayの交わる二つの角地に建つOne Times Squareがある。One Times SquareはNY Times本社ビルとして建設されたものの、そのメインオフィス機能は建設の1904年から10年もしない内に他の場所に移り、現在はビルのファサード全面を覆い尽くすように種々の広告が貼付けられている。
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壁面は埋め尽くされた広告のために当然ながら窓を設ける事が出来ず、テナントは現在地上3フロアのみに店舗が入居し、残り23フロアは全くの空室という状況であるが、先に述べたようにファサードのリース費の方が高いタイムズスクエアにおいては広告スペースのリースによる収入の方が全フロアにテナントが入居するよりも収入が得られるため、中身が全く詰まっていなくともビルとして成立してしまっている。
これに着目し、従来の建築原理への批判としてのタイムズスクエアにおける資本主義の理にかなった新たな建築原理の探求がこのプロジェクトの主題である。
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建築のボリュームを細分化してゆくことで、延べ床面積ではなく広告用の外皮の表面積を増大させてゆく操作をこのプロジェクトでの基本的なシステムとしている。
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しかし、単純にボリュームを分割して表面積を増やしても、その表面が通行者の目に入らない限り広告として機能しない。つまりパブリックスペースの増大が広告面の増大に比例して必要となってくる。
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このことから細分化した各ボリュームをGLに向って細くする操作によって地表面をパブリックスペースとして開放し、内部の広告面も視認可能となる。
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建築と広告について語ろうとするとき、ロバートヴェンチューリとデニススコットブラウンを避けて通る事は出来ない。彼らのまさにTimes Squareを敷地にしたインフォメーションセンター設計案は、彼らの”Decorated Shed”(装飾された小屋)の理論に忠実に従っている。つまり、ここでは建築は下部の無粋なボックス(小屋)であり、広告の機能はその上に乗ったリンゴ(もちろんニューヨークのニックネームである”Big Apple”のパロディとして)が担っている。
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ここで、巨大なリンゴの中に建築の機能を押し込んだ場合、それは彼らが近代建築を批判する際に使用した、”Duck”であると呼べる。
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ヴェンチューリとスコットブラウンは、近代建築(Duck)を建築が独裁的に振る舞っているとして批判したが、ここではヴェンチューリらの主張する”Decorated Shed”では、建築が自身以外について無関心に過ぎると批判したい。このプロジェクトは”Duck”と”Decorated Shed”の中間、建築と広告が半自律的な存在として両者が一体となって効果が産み出されるような建築と広告の関係性を追究する。
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従来の広告はそれぞれに適切な広告面と視点の距離が設定されていた。そのいわば焦点距離から視点が離れると人は広告の情報を認識出来なくなる。
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このプロジェクトでは外皮は全体がLEDで覆われ、LEDのピクセルの密度(解像度)、そして建築の形態は広告面と視点との距離に応じて決定されている。視点と広告面との距離が遠い建築上部はLEDの解像度は粗く、表示面積は大きい(フラットな形態)が、下部にいくに従って解像度は高くなり、また表示面積は小さく(襞のように凹凸のある形態)なる。
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つまり、単一の表面が無数の焦点を持ち、視点が移動するのに合わせて異なる情報を伝達する。これによって多層的に情報が組み込まれ、展開される広告が可能となる。
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また、建築下層部は何本もの脚に枝分かれ、複数の脚をまたがって広告を展開する事で、従来の平面に貼付けられるだけの在り方に比べ広告は空間により直接的に作用する存在となる。

例えばVictoria’s Secretが全面を使って広告を展開すれば、上部ではブランドを象徴するロゴやイメージが浮遊し通行人の注意を惹く。近づくにつれて徐々に下部の情報、セールやモデルの着用イメージが浮かび上がり、各脚の下層部には商品-ブラやパンティなど-のより詳細な情報が表示される。
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それぞれの脚には垂直動線が納められ、中層部には中小規模の機能が、上層部にはシアターなどの大きなプログラム、そしてルーフには屋上庭園が設けられている。
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建築中央部は採光のためのヴォイド空間になっている。商業的、非物質化した情報を発信する外皮とは対照的に内部の表面はモノの存在を発信する。上部の開口から光、雨、雪が入り、直下を走る地下鉄の駅に伸びる幾つかの脚からは、地下鉄の騒音、臭い、蒸気がヴォイド空間に送り込まれる。
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最後に、Final reviewのプレゼンテーションを録画してもらったのも載せておきます。喋っているときは必死なので分からなかったのですが、やはりまだまだ発音、スピードが熟れていないですね... なかなかアップロードするのは恥ずかしいものですが、まぁこれくらいの英語力でもなんとかなったよという参考になれば幸いです。


This project could not have been realized without the guidance of Michael Meredith and Elizabeth Diller, and also without the inspirations from Jesse Reiser and Sylvia Lavin.

Special thanks to:
Robert Cha (Animation)
Masafumi Oshiro (Physical Model)
John Murphey (Physical Model)
Yu-Cheng Koh (Physical Model)
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# by hirano-eureka | 2012-08-19 14:47 | 修士設計
2012年 07月 23日
Queens
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ニューヨークに到着後、翌日から勤務を開始したのですが、肝心の住む場所が決まっていないような状態だったのでしばらく同期で同僚の友人の家に居候させてもらっていました。彼は生まれも育ちもニュージャージー、今住んでいるのもマンハッタンからハドソン川を隔てた反対側のニュージャージー州の街Hobokenで、マンハッタンからはPATHというハドソン川の下をトンネルでくぐる電車に乗ってアクセスするという具合。事務所からは一時間程度と若干遠いのが難ですが、Hobokenの街は目抜き通りにレストランやカフェが建ち並んでいて非常に便利でしかも雰囲気もよく、出勤時に川沿いを歩くとマンハッタンのスカイラインが一望できるというのはなんとも贅沢でした。

一方住まい探しの方というとニューヨークの日系不動産に片っ端から問い合わせるも返ってくるのはどこも「予算+100ドルだと紹介できるものが幾つかあるのですが」といった具合で、もうこれで住む場所が見つからないままホームレスにでもなってしまうのではなかろうかと絶望感に浸っていたのですが、そこに一本の電話が。なんでもQueensで新築の一戸建てで未入居4人シェアという奇跡的な条件。

という訳で、Queensで新生活が始まりました。実は在学中2年間BrooklynもQueensもほとんど足を踏み入れた事が無く(せいぜいAsymptoteのオフィスにスタジオで数回行った程度)、電車から見下ろした建物の屋上には落書きがびっしりで最初はおっかなびっくりだったのですが、ようやく慣れてきてマンハッタンとは全く違った魅力がある事に気づき始めました。
自分の住んでいるエリアはWoodsideといって、ヒスパニック系、パキスタンインド系、中国、韓国人が多いとのことなのですが、確かにヨーロッパ、アフリカ系は街を歩いていてもほとんど見かけず、飛び交う言葉も英語よりも何語かも分からないものの方が多いような具合。で、20分くらい歩いて隣町に行くと今度は小さなチャイナタウンになっていて公園では昼から中国人のおっさん達が博打に興じ、街角ではブルーシートに囲われて中が見えない屋台で何やらあやしげな料理が売られ、全体がトイレの臭いがする巨大スーパーがあったり。
オフィスへは7ラインといって、タイムズスクエアからグランドセントラルを経て、東へ東へQueensに延びてゆく地下鉄に乗って通勤しています。地下鉄といっても実際に地下を走っているのはマンハッタン内くらいで、その後は高架を走って行くのですが、その高架下に沿って繁華街が広がっていて、全く別物とはいえ神戸出身の自分としてはなんとなく三宮元町を思い出してしまいます。朝の通勤時間帯は日本並みのすし詰め列車なのですが、そのぎゅうぎゅう詰めにされている人達は皆体型も顔つきも肌の色も全くバラバラで、日本とは大分印象は違います。毎朝そんなバラバラの人々が遠くにエンパイアステートビルを見ながら、その足下に広がるマンハッタンの街に吸い込まれてゆく光景には、ハッピーだとは当然言えないけれども物悲しいかと言われるとそうでもない、色々混ざり合ったなんとも複雑な感情を抱かせられます。
これからしばらくその集団の中の一人として、この街、この国を見つめてゆきたいと思います。
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# by hirano-eureka | 2012-07-23 10:10 | 最近の行動
2012年 07月 09日
生存報告。
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I am alive, somewhere in this city.
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# by hirano-eureka | 2012-07-09 07:08 | 最近の行動
2012年 06月 29日
One chapter ends, another begins.
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6月をもってプリンストン大学建築学部修士課程を無事修了しました。また修士設計において、Suzanne Koralik Underwood Prize(最優秀賞)を受賞しました。

忘れがたい二年間でした。
二年前の秋、深夜に真っ暗なキャンパスに一人たどり着いた時の心細さ。学部では唯一英語クラスに編入させられ、ゼロどころかマイナスからのスタート。それでもなんとかしがみつき、多くの人に出会い、そして多くの思想に触れる事が出来ました。それらのどれか一つが欠けても今の自分が存在しえない、そう断言できる程、密実な二年間でした。

7月からはReiser + Umemotoでの勤務が始まります。
今度は学生ではない立場から、建築を追究してゆきます。
次のチャプターの始まり、始まり。
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# by hirano-eureka | 2012-06-29 00:48 | 最近の行動
2012年 05月 26日
After five months of craziness
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Details, explanations will come shortly after a break...
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# by hirano-eureka | 2012-05-26 13:04 | 修士設計
2012年 05月 11日
2 weeks to go
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Work, work, work...
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# by hirano-eureka | 2012-05-11 11:43 | 修士設計
2012年 03月 21日
霧中
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迷走中。自分もいつの間にかPrincetonの色に染まってしまったのか、Argumentが無いとFormを作ろうとしても手が止まってしまうようになってしまいました。いや、Princetonに来る前から既にそうだったか、いや、違うか。

Michaelのオフィスへミーティングに行ってきたのですが、アイディアはクリアなのだからとにかく設計しろと言われました。彼曰く、Argumentを立ててからデザインを始めるというPrincetonのスタイルに辟易しているとのこと。

確かにこの場合ArgumentとDesignは分離されてヒエラルキーが形成されてしまっていると指摘できるのでしょうが、Michaelの言っているのは単にヒエラルキーをひっくり返せという事で、二つの分離の解決にはなっていないような気がしています。

となると、一番非効率に見える、七転八倒を繰り返しながらもバネを徐々に圧縮してゆき、ふと何かのきっかけにジャンプするという非線形的なプロセスこそが、ArgumentとDesignの分離を解決する唯一の方法であるのか?

本当に四年前の学部の卒計の時と同じような問題に突き当たっているような気がして、進歩がないなと飽きれそうになっていますが、ううむ。
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# by hirano-eureka | 2012-03-21 18:21 | 修士設計
2012年 03月 04日
Thesis proposal revised
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Proposalを書いたまではよいものの、果たしてどういった方向にプロジェクトを進めてゆくかが見通しが立たないまま悶々としていました。
前回はProposalを原文そのまま転載しただけだったので、自分の考えを整理するためにももう一度日本語で説明を書いておきます(書いているうちに考えがさらにアップデートされてきました)。



- 分節 -


Smart/Dumbというテーマを与えられて最初に着目したのが、テクノロジーと建築それぞれのArticulation(分節)に対する姿勢の違いでした。
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携帯電話がスマートフォンへ発展してゆく過程で、まずアンテナが本体に埋め込まれ、さらにはボタンという基本的な要素までディスプレイに吸収されていった事からも分かるように、テクノロジーはその発展とともに要素のアーティキュレーション(分節)を消失、または再定義してきたと言えるでしょう。それに対して建築は愚直(Dumb)にもスラブ、柱、壁といったワンパターンの分節に固執し、硬直したままです。
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さらにはコルビュジエのドミノのドローイングが壁を描写せずに床を露出させているように(もちろん戦後の仮設住宅として住民が自ら瓦礫を使って壁を作るというコンセプトもあるのですが)、モダニズム以降、分節された要素の中でもスラブがもっとも基本的な要素として位置づけられそれを頂点としたヒエラルキーが固定化されてきたのではないでしょうか。そしてそれは資本主義によってオーバードライブされ、建築の価値は主に延べ床面積によって決定されるようになった訳です。もちろんコールハースの”錯乱のニューヨーク”にもあるように、このスラブを基本とした建築における要素の分節システムは敷地の単純上方拡大というルールを産み出し、それがオーバードライブされたからこそマンハッタニズムが生まれた訳でもあるのですが、もはやこのシステムは建築的に疲弊してしまった事は”錯乱のニューヨーク”の巻末で述べられているのを引き合いに出さずとも中国のバブルや日本における大規模再開発の状況を見れば明かでしょう。しかし資本主義にとってはまだ有効なシステムであるからこそ未だにスラブが単純に任意のn枚積層されたビルが建ち続けている事は否定出来ない筈です。
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ではどのようにして建築のアーティキュレーション、ヒエラルキーを変えてゆけるのか?ここで着目したのがタイムズスクエアです。



- Times Squareにおける水平と垂直の価値反転 -


まずタイムズスクエアについてその歴史を少し解説しておきます。
Times Squareという名前自体は7th Ave.とBroadwayが交わる角地にNY Timesの本社があった事に由来しています。戦前は42th St.を中心としてシアターが立ち並ぶ繁華街として栄えていて、当時からきらびやかなネオンサインで埋め尽くされていました(コルビュジエはTimes Squareを訪れた時の感想を”When cathedrals were white”においてそれを陳腐で安っぽいと批判しながらもその魅力に惹かれています)。戦後はシアターの衰退とともにセックスショップなどが進出し、いかがわしいエリアとして悪名が上がるのですが、1990年代に市が大規模な再開発を計画します。この再開発で中心的な役割を果たしたのがディズニーでした。ディズニーが再開発に関わってくる事で、性風俗関係の店舗は徹底的に締め出され、全てが青少年の為にクリーンなイメージを持ったものへと”Disneyfied”され、タイムズスクエアが持っていた妖しい魅力が無くなってしまった訳です(このあたりの議論はChristine Boyer “X Marks the Spot: Times Square Dead or Alive?”に詳しい。コールハースも”Grand Street 57”に再開発についてのエッセーを書いています)。
とまれ、タイムズスクエアはグローバル資本主義によって完全に征服され、エリア内の建物の外装はコカコーラ、ダンキンドーナッツ、ヒュンダイ、新華社通信と種々の大企業の広告が埋め尽くし、それがタイムズスクエアの最も重要なアイデンティティ(現にここでは広告”規制”の逆で、建物の外皮の一定以上の割合を広告にあてるというルールがあるほど)、そしてグローバルキャピタリズムの一つの象徴となっている訳です。
ここで興味深いのが、タイムズスクエアにおける屋外広告のリース費の高さ。タイムズスクエアにおける屋外広告のリース費用は月あたりのスクエアフィート単価が$70 ~ $130なのですが、マンハッタンにおけるオフィススペースの家賃が月あたりのスクエアフィート単価$54の1.5~3倍近い額なのです。つまり、ここでは床とファサードの価値が反転している訳です。



- 双子 -


ここで興味深いのが、7th Ave.とBroadwayの交わる二つの角地に建つOne Times SquareとTwo Times Squareです。タイムズスクエアで向かい合うようにして建つこの二つのビルはフットプリントもフロア数もほぼ同じ、双子のような存在なのですが、その性格は正反対であると言えるでしょう。
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One Times Squareは元はNY Times本社ビルとして建設されたものの、そのメインオフィス機能は1904年から10年もしない内に他の場所に移り、戦後はビルのオーナーが変わりオリジナルのクラシカルなファサードは引き剥がされ、コンクリートパネルで覆われた簡素なものになり、名前もOne Times Squareに変更され、現在はビルのファサード全面を覆い尽くすように種々の広告が貼付けられています。
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壁面は広告によって埋め尽くされているため当然ながら窓を設ける事が出来ず、テナントは現在地上3フロアのみに店舗が入居していて残り23フロアは全くの空室という状況なのですが、先に述べたようにファサードのリース費の方が高いタイムズスクエアにおいては広告スペースのリースによる収入の方が全フロアにテナントが入居するよりも収入が得られるため、中身が全く詰まっていなくともビルとして成立してしまうのです。
一方のTwo Times Squareはホテルがすべてのフロアを埋めているのですが、このためファサードのごく一部分しか広告スペースとして利用可能でないのです。
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資本主義を究極的に表象しているタイムズスクエアという場において、資本主義によって加速された、スラブを頂点としたヒエラルキーを持った現在の建築のシステムが立ち行かなくなっている事をこの二つの建物のジレンマ(広告で覆ってプログラムをあきらめるか、プログラムを入れて広告をあきらめるか)は顕しているといえます。



- Being an Ultra Captalist -


ここから具体的にどうThesisを進めてゆくかという事に移る訳ですが、先述したタイムズスクエアにおける水平面と垂直面の価値関係の反転という状況に対して、徹底して資本主義的になって設計する、という戦略を取っています。つまり、今の建築が最も価値のあるフロアを如何にして最大に出来るかという事を目標としているならば、フロアよりも広告スペースとしてのファサードの方が価値のあるこの場所で、広告スペースを如何にして最大に出来るかという目標を元に設計を進めてゆけば今までとは全く違った建築のタイポロジーが生まれるのではないか?そしてある意味それが回り回って資本主義批判にならないか?という仮説を立て、設計を進めています。


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で、このあたりが今の状態。
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既存のヴォリュームをsubdivideしてゆくことによって広告スペースを増やしてゆくのですが、広告というのは当然見られる事に意味がある訳で、広告のスペースの増加=パブリックスペースの増加という等式が成立するのですが、ならば建築内部にもstreetを取り込んでゆけないかと考えたり(ある意味卒計で考えていた事に繋がってきたり)、また広告と視点の距離と広告のピクセルのサイズの関係(遠ければピクセルは粗く、近ければ細かく)を詰めてゆくと広告以外の部分の決定に影響しないかなどと、色々ぐちゃぐちゃ考えています。
あと今回は特定のプログラムをまったく決めずに進めています。今まで自分はプログラムを最初に決めてそのプログラムをどうおさめるかという事を軸に設計を進めることしかしてこなかったのでこれに関してはかなり不安なのですが、そもそもプログラムを設定するとフロアをベースに考えるようになってしまうのではないかと考えて、敢えてやっています。

まだまだ先は長い(とはいっても提出まであと3ヶ月もない)ですが、なんとなく今までとは全く違ったアプローチを試しているという感覚があります。Midterm Reviewまではあと一週間半、粘り強くいこうと思います。

何かアドヴァイス等あればお気軽にコメント下さい。

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# by hirano-eureka | 2012-03-04 15:29 | 修士設計
2012年 02月 21日
悶々
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模索中です。未知の方向に進んでいるのは確かなのだけれど、果たしてこの先に何かタンジブルなものはあるのか・・・
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# by hirano-eureka | 2012-02-21 15:39 | 修士設計